キャリアモデル 総合職の先輩のキャリア

かんぽ生命

募集管理統括部
2005年入社

藤森 正芳

Masayoshi Fujimori

2005年4月に旧日本郵政公社入社。簡易保険事業本部営業部に配属され、以降はかんぽ生命の営業企画部と営業推進部に所属し、一貫して営業活動の環境整備に取り組む。2011〜12年には東北エリア本部へ。2015年4月より現職。

事業所の再編に尽力。
「背伸びしても少し届かない」くらいの仕事で急成長。

真面目を絵に描いたような大学生活を終え、「世の中の役にたちたい」というシンプルな夢を持って日本郵政公社へ入社した藤森。民営化へと向かう同社で、生命保険の営業担当者がより仕事のしやすい環境づくりに取り組み、事業所の統廃合などに携わった。

地に足のついた学生らしい学生時代を過ごして

「政治学科は、政治学そのものはもちろん、法律、経済、哲学まで幅広く学べるというのに惹かれて選びました。いつか政界に打って出ようとか、そういう大それた思いはなかったです(笑)。学生時代はどこにでもいる、普通か、それよりも控えめな学生だったと思います」
講義にはきちんと出席し、ゼミの研究活動に懸命に取り組んだ。アルバイトは塾講師をメインに短期のものも少し。サークルは「真面目過ぎて、話としてはあまり面白くないですよ」(本人談)という法律に関する勉強会を行うものに参加した。「よく学生の方が採用面接で話されるような、華々しいことは何もしていなかった」と、藤森はしきりに謙遜するが、地に足がついたある意味で学生らしい学生時代であったであろうことがうかがえる。目の前の関心事に実直に取り組んでいた感じがする。
就職にあたって抱いていたのは、世の中の役に立つ仕事をしたいというシンプルな思いだ。業種を問わず広くアプローチし、考えを共有できる会社との出合いをもって就職しようと考えていた。就職氷河期などと叫ばれていた時期で、活動が思うように進まないことも多かった。一度は妥協に近い決断を下しそうにもなったが、学生時代の実直さそのままに粘り強く活動した。そして本心から考え方が合致していると感じたという日本郵政公社(当時)と出会い入社を決意した。それが13年前、2005年のことである。

営業担当者のための環境の整備に汗をかく

入社した藤森はかんぽ生命の前身となる組織に配属された。以降保険の営業活動に関する制度の設計・見直しに携わり、ほとんど一筋といっていいキャリアパスを歩んでいる。
日本郵政公社(当時)からの民営分社化を機に、事業所の統廃合や移設が相次いで行われた。入社間もない藤森はそうした再編の担当となり活躍する。現在は全国に82の支店が設置されているが、これは藤森らが検討に検討を重ねた結果出来上がった体制となる。全国の営業担当者が、毎日頑張って活動できる効率的な仕組みをつくろうという思いが、具現化されたものともいえる。
「保険の営業活動に従事される方々が、気持ちよく営業活動をしていただく環境を整備する。それを通じてその先におられるお客さまに気持ちよく保険にご加入いただき、お客さまに当社へのご満足を高めていただく。間接的ですが、それがやりがいでしたね」
ただ、日々の仕事はなかなかプレッシャーのかかるものだったという。
「日々、自分の実力の120%くらい。背伸びして届くか届かないかくらいの難しさの仕事がずっと続き、気を抜くことはできなかったですね。ただ道のりを振り返ってみると『できなかったことができるようになっている』ことが実感でき、自分の成長を感じることができたんです」
学ぶことが多い若手時代に、民営化にまつわる激動が重なった。その中でも実直に仕事ができる才能を生かして、藤森はしぶとく成長していったのだ。

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「今日は良い日!」と「仙台赴任」。
仕事観を変えた2つの出来事。

大きなミスもしたが、そこで知ることになったのはかんぽ生命という会社の懐の深さだった。
また、東日本大震災直後には東北エリア本部に配属され、「生命保険の力」を目にする機会に恵まれた。
2つの出来事は、藤森の会社と仕事への思いを深めた。

叱責を覚悟した大きなミス
でもまったく怒らなかった上司

入社してから3年ほど経った頃のこと。藤森には忘れられない失敗の記憶がある。
「社外の方とやりとりをする中で、私のミスが原因でその方にご迷惑をかけてしまったんです。大きなクレームになってしまい、クレームは当時の私の上司に直接伝えられました」
藤森は上司から呼び出され、経緯を詳しく報告することになった。そのミスの大きさから、藤森は相当の叱責を覚悟したという。大変なことをしてしまった。自責の念は強く、もしかしたら担当を外されるのではないか。異動というのもなくはない…。そんな思いが頭をよぎるくらい緊張していた。
「上司はひとしきり私の報告を聞いても表情はそのまま。改善すべき点を私に指摘し、最後に笑顔で『今日は良い日!』と言って元気づけてくれたんです。それで終わりでした。上司は、さらに上役へ部下の私が起こしたミスの顚末を報告するなどしていたと思われ、かなり大変だったはずです。それなのに怒りをぶつけるどころか、温かい言葉で元気づけてくれたんです」
藤森はかんぽ生命という会社の懐の深さを知った。もうミスはするまいと誓うとともに、これからもずっとこの会社で働いていきたいと改めて感じた出来事だった。
「難しい課題に直面しているとしかめ面をしてしまいがちですが、そんなときは『今日は良い日!』と声を出して気分を切り替えるようになりました。私と関わっていただく周囲の皆さんに『この人がいると楽しい』と思ってもらえるように。仕事をしているときは明るくありたいですよね」

異動した東北エリア本部で目の当たりにした保険の力

時は流れて、2011年の7月。営業を支えるスペシャリストとしてキャリアを積んだ藤森は、仙台にある東北エリア本部への異動が決まる。東日本大震災で大きな被害を受けた直後の宮城県へ転居し、人生で初めて東京を離れて暮らすことになった。東北エリア本部の担当エリアは広く、東北6県全域の業務に関わった。
「震災直後の東北では、数多くの保険金の支払業務が行われていました。そこで見たのは、これまで自分が販売を支援してきた生命保険の実体だったんです」
入社から7年目。失敗も乗り越え日々の仕事をこなしていく自信もついた。仕事に慣れていた。ただ、自分たちがお客さまに提供している商品の本来の力がどんなものなのか、それを実感する機会というのは、これまでほとんどなかったことに藤森は気づいた。
「約1年半を仙台で過ごしました。営業担当のバックアップが仕事なので、お客さまのところに直接自分が行く機会はあまりなかったのですが、ことあるごとに聞こえてきた『保険に入っていて良かった』という声には、身が引き締まる思いでした。この仕事をやっていて本当によかった。自分の仕事を心から誇りに思えた出来事でした。」
赴任中は東北各地を回り、災害から立ち上がる人々の姿を目に焼き付けた。保険の力。保険を提供する意義。それを実感として知る機会を得た藤森がひと回り大きくなる、キャリアにおけるターニングポイントとなった。

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11年目の新たなチャレンジ。
経営大学院に通いながら、飛躍に向け前進。

長く営業の環境整備の仕事をしてきたが、10年目にして異動。
法令に則った営業の品質を管理する部署にて再スタートを切った。
新しい環境での仕事を求めていた藤森だったが課題は山積。試行錯誤は続く、チャレンジの真っ只中にある。

募集管理統括部へ異動
待ち望んでいた新しい仕事

2015年の春、藤森はいよいよ営業部門を離れることになった。入社から一貫して営業活動を支えてきたが、そろそろ別の視点からかんぽ生命を眺めてみたいと思っていた。異動先は募集管理統括部だ。
「期待と不安、両方ありましたね。やはり営業を支援する仕事があまりにも長かったので、一度環境を変えたかった。それが叶ったという意味での期待。ただ、これまでのやり方が通用するのかという不安は当然ありました」
募集管理統括部は、法令等で定められているルールに沿って営業活動がきちんと行われ、お客さまに気持ち良く保険にご加入いただけているかどうかをチェックする。そして問題になりそうな箇所があれば改善を促す。お客さまはもちろん、営業担当者が気持ち良く仕事をできる環境をつくるうえで大事なものとなってくる。2016年は保険業法の改正に合わせ、営業活動の社内ルールを見直すという大きな仕事に取り組んだ。
「改正後も営業担当者が何の心配もなくスムーズに仕事に取り組めるようにするには、準備が大事。こちらで新しいルールを考えたり、関係者の皆さんに検討をお願いしたりして取り組みました。」

藤森正芳の現在

これまでの人脈を生かし
法令に則った営業活動を推進

法令面から営業活動をサポートする新しい仕事は、これまでと近いようで遠いと藤森は言う。法令遵守の視点は大切であることは誰もが理解しているが、お客さまに対して、プラスアルファのお願いをすることは、心情的な抵抗は生じるものだ。
「営業をやりやすくするための改善を図ってきたのがこれまで。今は場合によっては、仕事の負担を増やすようなお願いをすることもあります。お願いする自分も、相手が受け入れ難いだろうことはよくわかります」
ネゴシエーションの相手は、これまで一緒に仕事をしていた人である場合もある。だが、うまくいかないときに支えてくれるのも、かつて仕事を一緒にやっていた仲間だという。これまでのキャリアで築いた人脈をフルに生かして、少しずつ理解してもらっているという。
藤森は2014年から週末などを使い経営大学院にも通い始めた。自分の知識の幅を能動的に広げようという思いからの入学だった。「それぐらい不安があったんですよね。スペシャリストも素晴らしいのですが、もう少し視野を広く持てるようになりたくて。社外の人とも出会って刺激を受けたかったんです」
新しい仕事を任され、経営大学院で世界を広げ、新しい自分の可能性を追求している今こそが藤森の転換期であるようにも見える。
「大学院でネゴシエーションのクラスがあったんですが、なかなか成績は良かったんですよ。ただ業務ではうまく使えていませんね。理論としては理解しているんでしょうが、まだ話術として自分のものになっていないんでしょうね」
新しい仕事は一筋縄ではいかないが、新たなスキルをつけて乗り越えていこう。仕事の楽しさはそんなところにあるのだ――。「大変である」ことを明るく楽しげに語る藤森に、そんな信念が見て取れた。

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キャリアモデル

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